

3.11から9年。あの瞬間を体験した人たちの心から、『あの日』の記憶が消えることはないでしょう。しかし一方、心のどこかで「忘れたい、いや絶対に忘れたくない」といったような複雑で矛盾した感情を抱いている方もたくさんいると思います。近しい人を失った方、生まれ育った土地を離れなければならなかった方など、被災の状況も様々である中で、抱えているものも本当にいろいろです。
そんな複雑な想いを「割り切らないまま」いることこそが、私たちの救いになるのではないかということを示したのが、東北学院大社会学教授、金菱清『震災メメントモリ』(新曜社)です。津波の危険区域に指定された土地から離れる人と戻って住み始める人々。震災を機になくなってしまった祭りと新たに生まれた祭り。亡くなった人を忘れようとする想いと、忘れまいとする想い。どちらか一方に振り切ろうとする政策や考え方は、「自然」というとてつもなく大きな力と共存する力を奪ってしまうのではないか、という考察はいまだ苦しい想いを抱えた人々にそっと寄り添ってくれます。(最後の章、津波で父親を亡くした女性の手記はあらゆる人に読んでほしいです)
また、科学やリスク管理といった視点からは見落としてしまいがちな「死者の物語」を丁寧に拾い集めたノンフィクション『リスクと生きる、死者と生きる』石戸諭(亜紀書房)も必読です。被害者数といった数値データや科学的にわかりやすい説明は、一瞬の安心感を私たちにもたらしてくれるのかもしれません。でも、私たちは実はそんなにわかりやすい世界には生きていないし、その説明を信じたり疑ったりするのも自由なのです。
リスクと安全のあいだ、自然と科学のあいだ、あの世とこの世のあいだ……そんな「あいまいさ」を肯定することによって得られるものが、実は最も大事なものなのではないか。「あいだ」にとどまることは大変なことだけれど、それを引き受ける覚悟が我々に求められているのではないか。東日本大震災から10年を目前にし、そんなことを考えさせられる2冊の本でした。
(小笠原千秋)
※ 「ブック・カウンセリング」とは、様々な
“事柄、モノ、人”などにマッチする本をお勧めする事業です。