

新型コロナウィルスのせいで、花見の自粛を求められている昨今。それでも桜が咲いているとついつい眺めてしまうという、この癖のようなものはいったいどこから来るのでしょう。
そんな疑問にヒントをくれるのが、佐藤俊樹『桜が創った「日本」』(岩波書房)です。なぜ日本人はこんなにも(単なる草木の一種でしかないはずの)桜に固執し、想いを寄せてしまうのか。いったいどれだけの昔から桜は日本にあったのか。ソメイヨシノだらけになってしまった日本の「桜」事情と、それに振り回され惑わされてしまう日本の「文化」を深く読み解いていきます。
そして「桜と物語」と言えばよく連想されるのが、梶井基次郎『桜の樹の下には』。有名な「桜の樹の下には屍体が埋まっている!これは信じていいことなんだよ。何故って、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか。」云々といった出だしに、桜に魅入られ惑わされてしまう人の心というのがよくよく表れているように思います。たった4ページの掌編に、美しいものをそのまま受け入れる事ができないひねくれたまなざし、そして、どうしても“美しいもの”の影をのぞいてみたくなるといった、誰もが心の中に抱くちょっと歪んだ心持ちがぎゅっと詰め込まれています。同じく梶井の『檸檬』(新潮文庫)という作品も「そこはかとない(現実に対する)不安」への対処として、檸檬を本の上に置いて帰るという謎の行動に出る物語ですが、われわれは“なんとなく”感じる「不安」を何かに託したり、言葉にしないといられない生き物なのかもしれません。
ウィルスという見えない敵が引き起こす「不安」の渦中にある今、必要なのはマスクではなくその不安を言葉にしたり、ものに託したりする想像力ではないでしょうか。某「桜を見る会」の下には何が埋まっているのか、満開の桜の樹の下、皆で語らうのも一興かもしれません。
(小笠原千秋)
※ 「ブック・カウンセリング」とは、様々な “事柄、モノ、人”などにマッチする本をお勧めする事業です。